投票用紙を書かない選挙?美濃加茂市の電子投票で開票が速くなった理由
「投票用紙に候補者の名前を書かない選挙」が、日本ですでに行われているのをご存じでしょうか。
2026年10月4日、岐阜県美濃加茂市の市議会議員選挙では、投票所に置かれたタブレット端末で候補者を選ぶ電子投票が実施されました。定数16に対して22人が立候補した選挙で、大きなトラブルは確認されず、開票時間も従来より短くなりました。(美濃加茂市選挙管理委員会 · 共同通信)
ただし、ここで一つ大きな勘違いが起きやすいところがあります。
電子投票といっても、自宅のスマートフォンから投票する「ネット投票」ではありません。
有権者はこれまで通り投票所へ行き、そこで専用のタブレットを操作します。しかも現在の法律では、この電子投票機を電気通信回線につなぐこと自体が禁止されています。(e-Gov法令検索)

※ 本文中の画像は、記事の理解を助けるためにAIで制作したイラストです。実際の写真ではなく、人物・場所・状況の表現が実際と一部異なる場合があります。
では、紙に書かなくなるだけで、なぜ開票がそこまで速くなるのでしょうか。
美濃加茂市の選挙では、実際に何が変わった?

一番大きく変わったのは、有権者が候補者名を「書く」のではなく、画面から「選ぶ」ようになったことです。
美濃加茂市では投票所のタブレット画面で候補者を選択し、確認して投票します。操作に不安がある人のため、選挙前には市内各地で体験会も開かれました。市は操作感について、駅のタッチパネル式自動券売機で切符を買う方法に似ていると説明しています。(美濃加茂市)
10月4日の選挙では当日有権者数4万2007人、投票者数1万9665人、投票率46.81%で、開票結果は午後8時22分に確定しました。(美濃加茂市選挙管理委員会)
期日前投票を含め、電子投票そのものに大きなトラブルは確認されませんでした。(共同通信)
なぜ電子投票にすると、開票が速くなるの?

理由は、開票所で人が一枚ずつ投票用紙を読み、候補者別に仕分けする作業を大幅に減らせるからです。
直近で選挙戦になった2018年の美濃加茂市議選では、開票に約2時間かかりました。今回は約1時間10分で終了し、共同通信によると開票を担当する職員も2018年と比べて半分以下に減りました。(共同通信)
紙と電子では、作業がこう変わります。
| 作業 | 紙の投票 | 電子投票 |
|---|---|---|
| 投票 | 候補者名を手書き | 画面から候補者を選択 |
| 開票 | 紙を候補者別に仕分け | 記録データを集計 |
| 読み取り | 手書き文字の確認が必要 | 候補者がデータで記録される |
| 書き間違い | 疑問票・無効票になる場合がある | 誤記や判読不能を避けやすい |
紙の選挙では、字が読みにくい票や候補者名の書き方が微妙な票について、「これは誰への一票なのか」を人が判断しなければならない場合があります。
電子投票では最初から候補者を画面上で選ぶため、誤記や判読不能による無効票を防ぎやすくなります。総務省も電子投票の利点として、開票の迅速化や疑問票・無効票の解消を挙げています。(衆議院会議録 · 京セラ)
ただし、選挙全体で「無効投票等」が必ずゼロになるわけではありません。今回も候補者を選ばない白票が可能で、不在者投票と点字投票は従来方式で集計されました。美濃加茂市の公式結果では「無効投票等」が574票とされています。(共同通信 · 美濃加茂市選挙管理委員会)
電子投票なら、インターネットにつないでいるの?

つないでいません。電子投票機を電気通信回線へ接続することは、現在の法律で禁止されています。
電子投票法は、二重投票を防げること、投票の秘密を守れること、選んだ候補者を記録前に確認できること、投票記録を確実に保存できることなどを投票機の条件として定めています。さらに、投票機を通信回線へ接続してはならないと明記しています。(e-Gov法令検索)
美濃加茂市で採用された京セラの「デジ選」も、ネットワーク経由で票を送信する方式ではありません。投票データをタブレット端末に直接接続した記録媒体へ保存します。(京セラ)
イメージとしては、「オンラインで投票する」のではなく、「紙に記録していた一票を電子的な記録媒体に保存する」と考える方が実態に近いでしょう。
それなら、なぜ衆院選や参院選では電子投票を使わないの?

ここは技術よりも、まず法律の問題です。
現在の電子投票法は、地方公共団体の議会議員や首長の選挙について、条例で電子投票を導入できる特例を定めた法律です。衆議院議員選挙や参議院議員選挙を同じ仕組みで電子化する制度ではありません。(e-Gov法令検索 · 衆議院会議録)
そのため、「美濃加茂市でうまくいったのだから、次の衆院選から全国でタブレットにすればいい」と、そのまま移行できるわけではありません。
国政選挙で同様の仕組みを使うには、技術面だけでなく、法律や選挙制度をどう設計するかという議論が必要になります。
電子投票は昔からあるのに、なぜ今まで広がらなかった?

電子投票は2026年になって突然できた制度ではありません。日本では2002年から地方選挙で導入できました。
ところが、普及には大きな壁がありました。
| 時期 | 電子投票をめぐる主な動き |
|---|---|
| 2002年 | 地方選挙で電子投票を導入できる制度が始まる |
| 2003年 | 岐阜県可児市議選でシステムトラブル |
| 2005年 | 可児市議選の無効が確定し、再選挙へ |
| 2020年 | 技術的条件を見直し、タブレットなどの汎用機を利用可能に |
| 2024年以降 | 新しいタブレット型システムを使う自治体が再び現れる |
| 2026年 | 美濃加茂市議選で電子投票を実施 |
可児市では2003年の市議選で電子投票システムに大規模なトラブルが発生し、多くの有権者が一時的に投票できない事態となりました。その後、名古屋高裁が選挙無効と判断し、2005年に最高裁で無効が確定して再選挙に至りました。(東海テレビ)
この経験は自治体が電子投票を慎重に見る大きな要因の一つになりました。
国会での総務省答弁でも、かつて普及しなかった理由として、専用投票機が必要だったこと、トラブルが選挙争訟に発展したこと、採算性の問題から事業者による機器供給が難しくなったことなどが説明されています。(衆議院会議録)
転機になったのが2020年です。総務省は技術的条件を見直し、高価な専用機だけでなくタブレット端末などの汎用機も使えるようにしました。(衆議院会議録)
共同通信によると、美濃加茂市議選は、この2020年の関連指針見直し以降では自治体選挙で5例目の電子投票となりました。(共同通信)
タブレットが苦手な人は、投票できなくならない?
できなくなるわけではありません。
病気やけがなどで自分でタブレットを操作できない人は、投票所の係員に申し出て代理投票を利用できます。付き添いの人が自由に代わって操作するのではなく、本人が投票意思を伝えたうえで係員が対応する仕組みです。視覚障害のある人は点字投票も利用できます。(美濃加茂市)
また、美濃加茂市議選では不在者投票と点字投票については従来方式の票として集計されました。(共同通信)
したがって今回の選挙を「投票用紙が完全になくなった選挙」と表現するのは正確ではありません。
一般の投票所や期日前投票所では電子化が進んだ一方、必要な投票方法には紙も残っているというのが実際の姿です。
電子投票にしたら、投票率も上がったの?
少なくとも今回の結果を見る限り、そうはなりませんでした。
美濃加茂市議選の投票率は46.81%でした。東海テレビによると、前回の選挙戦だった2018年より2.75ポイント低く、過去最低でした。(美濃加茂市選挙管理委員会 · 東海テレビ)
投票操作が簡単になることと、「投票に行こう」と思う人が増えることは別の問題です。
電子投票は、投票所に来た人の操作や開票作業を効率化できます。しかし、自宅から投票できる制度ではないため、投票所へ足を運ぶ必要があること自体は変わりません。
今回の結果を見ると、電子投票の効果は「投票率が上がったか」だけではなく、開票時間、人員、誤記の防止、使いやすさ、安全性といった複数の項目に分けて評価する必要があります。
では、日本の選挙はこれからタブレットに変わっていく?
美濃加茂市の事例だけで、全国の選挙が一気に電子化するとまでは言えません。
これまで普及を妨げてきたのは、技術だけではありません。国会答弁では、専用機が必要だったこと、過去のトラブル、機器供給の採算性といった問題が説明されています。2020年の技術的条件の見直しには、タブレットなどの汎用機を使えるようにして導入のハードルを下げる狙いがありました。(衆議院会議録)
一方で、国政選挙には現在の電子投票法をそのまま適用できません。
今後を見るうえでは、他の自治体でも安定して運用できるのか、開票作業や人員の削減効果が再現できるのか、そして国政選挙まで制度を広げる議論が進むのかを分けて見る必要があります。
紙からタブレットへ――。
今回の美濃加茂市議選は、日本の選挙全体が電子化されたというニュースではありません。しかし、「紙に書いて、人が一枚ずつ仕分ける」という長年当たり前だった地方選挙の姿が、別の方式へ移れる段階に来ていることを示した事例ではあります。
【結論】このニュースは、こう理解すればいい
美濃加茂市が2026年10月4日の市議選で実施した電子投票は、自宅から行うネット投票ではありません。投票所のタブレットで候補者を選び、その一票を電子的な記録として保存する仕組みです。
紙の票を一枚ずつ読み、候補者別に仕分ける作業が減るため、開票は2018年の約2時間から今回は約1時間10分へ短縮されました。
一方、現在の法律で電子投票を導入できるのは地方選挙で、衆議院選挙や参議院選挙へそのまま使える制度ではありません。
また、過去のシステムトラブルを踏まえ、現在の電子投票機は通信回線へ接続しないことなどの条件が定められています。
今回のポイントは、「日本でネット投票が始まった」ことではなく、投票所で行う地方選挙のデジタル化が、再び現実的な選択肢になり始めたことです。
電子投票、気になる疑問から読み解く
Q. 美濃加茂市ではスマホから投票できたの?
できません。電子投票は投票所に設置された端末を操作する方式で、自宅や外出先からインターネット経由で投票する制度ではありません。
Q. 電子投票機はインターネットにつながっている?
つながっていません。現行法では、電子投票機を電気通信回線へ接続してはならないと定められています。
Q. なぜ開票時間が短くなるの?
紙の投票用紙を候補者別に仕分け、手書き文字を確認する作業が大幅に減るためです。美濃加茂市では今回、開票作業が約1時間10分で終了しました。
Q. 間違った候補者を押したら、そのまま投票される?
電子投票法では、選んだ候補者を記録前に確認できることが投票機の条件に含まれています。
Q. 電子投票なら無効票はゼロになるの?
選挙全体で必ずゼロになるわけではありません。電子投票では誤記や判読不能を防ぎやすい一方、白票も選べ、不在者投票や点字投票など紙で扱う票も残ります。
Q. 衆議院選挙や参議院選挙でも電子投票できる?
現在の電子投票法は地方公共団体の議員・首長選挙を対象とした特例で、国政選挙を同じ仕組みで電子化する制度ではありません。
Q. タブレットを操作できない人はどうする?
病気やけがなどで操作が難しい場合は、本人の意思を確認したうえで投票所の係員による代理投票を利用できます。点字投票も残されています。
Q. 電子投票にすると投票率も上がる?
必ずしも上がりません。今回の美濃加茂市議選の投票率は46.81%で、前回の選挙戦より低い結果でした。
Q. なぜ日本では電子投票が長く広がらなかったの?
過去のシステムトラブルに加え、専用機の必要性や機器供給の採算性などが普及の壁になりました。2020年に技術的条件が見直され、タブレットなどの汎用機を使えるようになっています。
今日のニュースほどき、理解の助けになりましたか?🙂 これからも、ニュースの「なぜ?」をやさしく、わかりやすくほどいていきます!
主な情報源
投開票結果・美濃加茂市の案内
美濃加茂市選挙管理委員会「10月4日執行 美濃加茂市議会議員選挙 投・開票結果」
美濃加茂市「10月4日は美濃加茂市議会議員選挙の投票日です」
電子投票の仕組み・今回の運用結果
京セラ「電子投開票システム『デジ選』、美濃加茂市の市議会議員選挙に採用」
共同通信「岐阜・美濃加茂市議選で電子投票 トラブルなく開票時間半減」
東海テレビ「開票担当の職員数は約3分の1に…美濃加茂市議選の電子投票」
法律・普及の経緯
e-Gov法令検索「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律」
衆議院会議録「電子投票の実施状況と2020年の技術的条件見直し」